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ふるさと富山の人や物、風習や文化をドキュメンタリーでお届けします。

秘密特攻隊マルレ 爆心地ヘ出動セヨ

8月15日(土)午後3時50分~5時
「秘密特攻隊マルレ 爆心地ヘ出動セヨ」

太平洋戦争末期。終戦までの1年間、存在した秘密の水上特攻隊がありました。
陸軍の海上挺進戦隊です。
任務は、250キロの爆雷を積んだベニヤ板製のボートで、沖に停泊する敵の輸送船に突撃し、上陸を阻止すること。極秘部隊だったため、特攻艇は「連絡艇」のレを○で囲み、マルレと呼ばれていました。
ボートに乗り込むのは、兵力不足のなか、幹部候補生の名のもとに集められた学徒兵や少年兵たち。
秘密基地は、広島市の沖、江田島にありました。
江田島で訓練を受けた若者たちは、フィリピンや沖縄へと次々に送られ、2288人のうち7割を超える1636人が亡くなったとされています。同時期に編成された陸軍の航空特攻隊の戦死者1438人を200人近く上回っていました。

このマルレの元特攻兵が、富山県内に何人もいることが分かりました。

そのうちの一人、射水市の小島六雄さん(96)は、当時21歳。本土決戦に備えて編成された戦隊で、少年兵を束ねる小隊長を務めていました。人の命を軽々しく扱った戦争に怒りを隠しません。
富山市の田島正雄さん(92)は、当時17歳の少年兵でした。

1945年8月6日、いつもと変わらない朝を迎えていた小島さんや田島さんたち。
突然、光と衝撃波を受け、広島を臨むと、もくもくと大きな雲が伸びていました。

そこで出された、もう一つの任務とはー。
マルレの部隊が戦後もずっと注目されずにきた理由とはー。
そして、元特攻兵たちはその後、どのような運命をたどったのかー。
元特攻兵たちの貴重な証言から秘密特攻隊マルレの歴史に迫ります。

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