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アナウンサーブログ

最後の手紙

2016/12/05
ラジオ番組の中で、ある方の遺書を朗読させて頂きました。

富山市の中心部に住んでいた島利夫さんのお父様、島文雄さんの遺書です。

島文雄さんは、富山市の中心部で耳鼻科を開業し、平和な暮らしを営んでいたということですが、陸軍軍医として志願し、出征。出征から1か月後の昭和19年2月に太平洋のトラック島周辺海域で、アメリカ軍の奇襲に遭い、輸送船とともに沈み、35歳で戦死されたということです。

遺書は、奥様宛てに書かれたものです。

なぜ、私がこの遺書を読ませて頂くことになったのか・・・

今年8月、富山市在住の中田博さんが1冊の本を自費出版し、ラジオ番組で紹介させて頂きました。

本のタイトルは「あの日と コスモスと ぼくと 〜富山大空襲の話〜」



71年前に富山市中心部を焼き尽くした富山大空襲。

この本には、富山大空襲の日、地上で逃げ惑った人々の記憶を、絵本と物語で記録しているだけでなく、富山大空襲の日のアメリカ軍の動きが事細かに書かれています。その記録は、中田さんが、アメリカから軍事資料を取り寄せ、丁寧に翻訳していき、1冊の本にまとめあげたのです。

中田さんは、「多くの人に真実を知ってもらい、祖国と家族を守るために命がけで戦った先人たち、そして、戦後、身を粉にして働き、死に物狂いで子どもたちを育てあげ、日本の平和と繁栄を築いてきた、名も無き人々の苦労に感謝し、二度と戦争をすることのない平和な社会を次の世代の子どもたちに受け継いでいかなくてはならない」という信念のもと、20年の月日をかけて本をまとめ、自費出版されました。

そんな中田さん想いが、この本を通じてたくさんの方に伝わっていて、本を読まれた方から多くのお便りが届いていると言います。

中でも、印象に残っているというのが、中田さん同級生の島利夫さんからのお手紙で、その中に、島さんのお父様が書かれた遺書を紹介している文章も同封されていました。

島さんは現在、神奈川県で、島脳神経外科、整形外科医院の医師として忙しい日々を送っておられ、今年10月に行われた同期会で久しぶりに中田さんと再会し、中田さんの本を目にしたと言います。

本を読んだ島さんは「富山大空襲の日のこと、子どもたちを心配しながらも、祖国のためにと志願し、出征していった父の事を思い、胸が熱くなった」と言います。そして「平和への想いをできるだけ多くの人に伝えたい、その想いが中田さんと一緒」だと思い、今回ラジオでお話を聞かせて頂くことになったのです。

遺書の書き出しは「いよいよ出発の日を迎えた。小生 日本男児として 虚心坦懐 征途に登る」

この遺書をどんな想いで書かれたのか、私などには到底想像できるようなものではないと思います。

12月8日は日本軍が真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃し、太平洋戦争が始まった日ですが、12月8日がなんの日か知らない世代も増えています。という私も、この日を特別な日として考えたことはこれまでほとんどありません。

戦争を体験された中田さんや島さんの平和への想いを12月5日(月)午後1時45分頃から放送します。その時間に聞けないという方は是非radiko(ラジコ)のタイムフリー機能で聞いて下さい。

また、中田さんが自費出版されたこの本は、販売はされていませんが、富山県立図書館や富山市内の図書館、KNBいりふねこども館で読むことができます。

「この本の絵本部分を、この秋、富山市立中央小学校の子供たちが劇にして演じてくれた、子どもたちにも私の想いが伝わっているんだと感激した」と中田さんはおっしゃっていました。

機会がありましたら、皆さんも是非、一度、手にとって読んでみて下さいね。
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